皆さんは、介護老人保健施設(老健)や特別養護老人ホーム(特養)などの施設に入所する認知症の高齢者の方に、多種多量の薬が投与されていることをご存知でしょうか。
先日参加した学習療法研究会(会長/ 川島教授)主催の「学習療法シンポジウム2010 in 東京」で、そうした実態についての報告を聞くことができました。報告によれば、特に多いのが抗精神病薬と呼ばれる薬で、認知症の方に現れる「周辺症状(精神症状や行動障害)」を治療するために投与されています。
ところが、こうした薬を投与すると、その副作用のために「中核症状(記憶障害、見当識障害等)」を悪化させ、認知症がさらに進行するという悪循環に陥ってしまうというのです。高齢者に副作用が出やすい理由は、加齢により肝臓・腎臓の機能が低下し、抗精神病薬に対する解毒能が大きく低下しているからです。このため、毎日内服する抗精神病薬が体内で蓄積作用を起こしてしまうからなのです。
この抗精神病薬や睡眠薬に加えて、認知症の治療のためにアリセプトという薬が投与されます。これは抗認知症薬として日本で唯一認可されているものです。ところが、この薬には認知症の初期段階に若干進行を遅らせる程度の効果しかないことはよく知られています。にもかかわらず、副作用が強く、結構高価なのです。
シンポジウムでは、こうした薬の投与をやめ、薬を使わない学習療法に切り替えて、低コストで症状の大きな改善が見られたという医師たちの話を聞きました。医師たちから共通に語られたのは、現状では認知症の方にアリセプトを処方することが治療になっている。また、それが医師の役割だと、多くの医師自身が思いこんでしまっている。果たしてこれでいいのか、という問題提示でした。
この疑問は実は医師にとって悩ましい面があります。なぜなら、医療機関が収入を上げるには、診療報酬の点数を上げなければならず、そのためには薬を処方しなければならないからです。だから、医師が薬を処方しないというのは、「自己否定」とも言える行為になるのです。
なぜ、前掲の医師たちは「自己否定」ができたのでしょうか。そのきっかけは、「医療機関の医師」から「老健の経営者」に立場が変わったことで、二つの変化が起こったことにあると私は思います。一つは、収入の構造が変わったこと。医療機関では診療報酬が主な収入源なのに対して、老健では介護報酬が主な収入源です。入居者への薬の投与が収入増に結びつかないため、薬を投与するというインセンティブが働きません。しかし、もっと大きな変化は医師の視点が変わったことです。
「医療機関の医師」の立場では、薬を処方するのが医師の主な役割でした。ところが、「老健の経営者」の立場では、入居者の健康状態をいかにして改善するか、介護スタッフの負担をいかに少なくするか、現場のやる気をいかに高めるか、といったことが主な役割になるのです。「自分も診療医だった時は、薬を処方するのが自分の役割だと思っていました。でも、老健に来て、魂が入れ替わりました」 発表した医師たちによるこうした話を聞いて、私は黒沢明監督の映画「野良犬」で主人公の刑事役である三船敏郎が最後のシーンで語った次の言葉を思い出しました。「人間が環境を変えるのか、環境が人間を変えるのか」
自分の所属する業界では常識だと思っていることが、他の人から見ると非常識であることは往々にしてあります。政治家におけるカネの授受、ハンコと書類ばかり書かせるお役所など枚挙に暇がありません。イノベーションとは、勇気を持ってそれまでの常識を疑うこと、それまでと異なる立場で対象を眺めることから生まれるものだということを再認識しました。