学習療法シンポジウム2010 in 東京


【全体討論】Q&Aと川島教授による総括


薬の併用では効果がないのか
Q: 午前中のお話の中で、抗精神薬をやめて学習療法をということでしたが、薬の併用では効果がないのでしょうか。老健はドクターが在駐しているので薬の量についてもそのつど変更が可能だと思いますが、小規模多機能や特養などドクターが常にいるわけではない施設ではどうしたらよいのでしょうか。学習療法も始めながら薬の併用をするというような研究はされていないのでしょうか。(小規模多機能)
川島教授
 私自身はデータを持っていませんが、参加されている施設や先生方の中で、ご解答を持ち合わせている方がいらしたら、情報提供をお願いします。―いないですか。これが現状のようです。
 薬の併用については、私たちも考えております。一口に薬の併用といっても、どの薬をどう併用するかによってずいぶん話が変わってきますが、アリセプトのような脳の働きを高めてくれるような薬は学習療法の効果を良くする点では一番考えられます。
 午前中の石橋先生のお話で話題になった抗精神薬は、どちらかというと過剰に反応してしまう脳の働きを押さえ込むという作用がある薬が多いです。石橋先生は薬をばさばさと切ってしまわれたが、ご本人がドクターですから、自分で決めやすかったということはあると思います。
 介護施設で常にドクターが常駐していない場合ですが、処方を変えるのはドクター専用の権限で、われわれにその権利はありません。しかし、これからこうしたい、という希望を伝えることは出来ます。しかし「証拠は?」という話になってくると、説得するためにもっとたくさんのデータが必要です。そういう意味では、現状ですぐに薬を減らさなくては、と考えるのではなく、とりあえず切ってすごく上手く行っている事例もあるのだ、ということを頭に留めておいてください。石橋先生の研究、もしくはそれに賛同される施設のデータなどが出てくる中で、ほんとにいいぞ、という流れになってくれば、おそらく医学界のほうでも議論が起こってくるでしょう。患者様に対する処方の権利はドクターにありますから、それまでは、情報は頭にあるがそのまま見ている、という形でやるしかないというのが現状だと思います。

疾患には前頭前野がすべて関わっているのか
Q:私のよく遭遇する疾患でADHDとか認知症、高次脳機能障害、また、鬱の患者さんもいらっしゃいます。研究会理事の中村克樹教授(京都大学 霊長類研究所)がお話された応用行動分析学のスモールステップという考え方と、今回の学習療法の話をお聞きすると、いろんな意味で疾患が全部通ずるように思えてくるのですが、いろいろな疾患には前頭前野がすべて関わっているのでしょうか。つまり、応用行動分析学で介入していくことで上手く行ったということも、本来は前頭前野の活性化がかなり大きな影響を及ぼしているからと考えていいのでしょうか。(病院外科)
川島教授
 これについては、まだそこまで私自身が自信をもって言い切れるほどのデータが集まっていないというのが正直なところです。どういう刺激を入れたら何が起こるかという、人の行動の観察から組み立てられてきた学問というのがまずひとつ大きくあります。主に心理学や行動分析学というものはここから来ています。どうすればどうなるという関係がある程度決まっている中で、おそらくこれがいいのだろうということで、現場で使われてきています。私たちが行おうとしている新しいアプローチというのは、その中に、脳というものを間に入れて物を考えるともう少し分かりやすくなるし、いらないもの、効くもの効かないものもきちんと弁別しやすくなるだろうというものです。そして、そのときに前頭前野と呼ばれているような高次脳機能連合野の機能といったところに注目するとわかりやすいんじゃないか、というのが私たちの主張です。そのところは、まだまだ世界的にコンセンサスが得られているわけではありませんので、現状では私もそうだろう、と思ってはいますが、まだ学者としては確証をもっているわけではない、というふうにお伝えしたいと思います。

子どもに対しても簡単なことは脳にいいのか
Q:うちの施設でも学習療法のようなことをしていて、笑顔が増えたとかすごくいい効果が出ているのですが、小さい子ども、小学生などでも簡単なことをどんどんやるということは脳にいいのでしょうか。(老健)
川島教授
 健康な普通の子どもたちというイメージですね。健康な子どもたちに対する教育と、我々がやっている「学習療法」というのは多少重なるところはあるものの、別物です。「学習療法」というのは、自分自身の脳の機能を使っていただくために、教材をやっていただく。要は、脳を働かせるために教材があり、それをやっていただくシステムがある。
 ところが、子どもたちの教育となると、脳を使うということが最終的な目標ではありません。もちろん脳を使うことも含まれるのですが、さまざまな理論・知識を身につけるというのが教育の大きな目標です。私たちの先人の知恵を自分のものにする、というのが教育の大きな目標になるのです。ですから、そこからずれてしまうのは子どもたちの教育という点ではよろしくない、と私は思います。ただし、その中で子どもたちが自分の脳を積極的に使い、発達させて、より知恵や知識を自分のものにしやすくするという意味では、学習療法的な考え方と、子どもの教育というのは乖離するものではなく、共存できうるものだと思っております。これをある程度具現化しているのが、たとえば公文式で、公文式の教育というのはそこをうまいことマッチさせているわけです。
 教育の場面で、学習療法と同じところは何かというと、スモールステップでできるところを繰り返し繰り返しやっていくところです。違うところは、子どもたちの場合は教材の難易度、出来る範囲をどんどん上に上げていくところです。学習療法では難易度を上げていくことを意識するなと言っているのです。すなわち、学習療法は脳を使うためにあるので難しいことをやる必要は全然ない。でも、子どもたちは新しいことを学んでいかなくてはならないので、教材はどんどん難しく、出来る範囲をどんどん大きくしていかなくてはならない。これが、非常に大きな違いになります。そういう意味で、子どもの教育と学習療法というのは、ある基本理念は一致するのだけれど、目標とするゴールがまったく違うので、似て非なるものであると考えます。

他の非薬物療法との併用で効果は高まるのか
Q:補完療法に対して興味を持っており、音楽療法とかアロマセラピーの資格を取ったりして、今後施設に導入したいと考えています。今回の発表では学習療法はホールなど広いところでされているとのことでした。うちでは学習療法をする部屋は確保しているのですが、学習療法をされているところで音楽療法を併用しているとか、アロマセラピーをしているとか、そういったことを併用することで学習療法の効果に差があるとか、データを取られている施設があったら教えていただきたい。また、川島先生のお考えもお聞きしたいと思います。(老健)
川島教授
 まずは、さまざまなその他の非薬物療法―音楽療法、箱庭療法、芸術療法などと併用されて効果を見ていらっしゃるという施設の方がいらっしゃいましたら、ぜひ情報の提供をお願いしたいのですが。―少なくとも会場にいらっしゃる方に紹介できるほどのデータはないということでしょうか。そこらへんはこれからだと思います。
 さまざまなレクリエーションと組み合わせているのは当たり前だと思います。学習療法はたった一日15分から30分ですから、残りの時間はいろいろな介護やケアの活動が行われています。そうした中で、現在有効と考えられている、○○(まるまる)療法といったものをどう組み合わせるかというのは、これからのテーマかな、と思っています。しかし、明らかに有効性が確認されている○○(まるまる)療法というものは、あまり数が多くないというのが事実です。
 ひとつは筑波大が主張している芸術療法というものがあるかもしれません。また、音楽療法というのはやり方によって効く効かないがあるという話や、インストラクターの教育にずいぶんコストがかかるという話を聞いたことがあります。いろいろ手を尽くして良くしたいという思いは皆一緒だと思いますので、いろいろなコンビネーションを試して検証していただけたらと思いますが、施設を経営する方の立場から見ると、コストパフォーマンがどうかというところは、気になるところだと思います。難しい療法士というのを養成するのは、かなりコストがかかりますし、そのコストをかけた人が辞めたりすると、非常な打撃になるわけです。そう意味で、学習療法のひとつの優位点は、ほとんどコストがかからないという点であるとみています。

認知症でない方への有効性は?
Q:これから精神病の方とか認知症でない方など学習療法の対象の方を拡大していきたいと考えています。このような方々にどの程度有効かというのを教えていただきたい。(特養)
川島教授
 まず、認知症でない方、いわゆる予防を目標とする高齢者の方に対する学習療法、これを私たちは「脳の健康教室」という形で表現していますが、これが脳機能、認知機能を上げる効果があるということは分かっております。学習療法との違いは、問題の難易度の違いになります。自分が出来るちょうどのレベルの教材をやっていただくわけですから、認知症の方とそうでない方との間には適切な教材の難易度が異なってきます。
 精神疾患を持った方については、私たち自身がきちんとデータを集めているわけではありません。いくつかの施設でやっていただいていて、情報が個別に少しずつ上がってきています。その中で鬱や統合失調症の患者様に有効なのではないか、ということは聞いていますが、私たちのところに十分なデータがたまっているわけではないので、まだお答えする段階にはありません。ぜひチャレンジしていただいて、その成果を研究会のほうにフィードバックしていただければと願っております。

「社会脳」との関係について
Q: 私自身、人と人との関わり方というのは、人の回復、リハビリに大変重要だと思っていますが、どうして人との関係性が前頭葉機能に効くのか、また、テレビなどでよく聞く「社会脳」との関係など、分かりやすくお聞かせいただきたい。(作業療法士)
川島教授
 これは本気で話そうと思うと3時間ぐらいかかってしまうと思いますので、ごくごく簡単に答えますが、人と人とのコミュニケーションを円滑に運ぶために前頭前野、前頭葉があるのだと考えてもらっても、大きな間違いはないと思います。たとえば言葉を作り出しているのも前頭前野の働きですし、その相手から出てきた言葉の深い意味を理解するのも前頭前野の役割であることが分かっております。
 また、「社会脳」という言葉が出ましたが、ただ単に言葉のやり取りではなくて、周辺の状況まで含んだような、環境の中で人がどうあるのかというのを理解したり、他者の気持ちをおもんぱかったりというようなときの、わりと複雑な人と人との関わり合いのとき働く脳についての研究が行われています。この研究の中で注目されているのも同じく前頭前野です。ただ、場所が少しずつ違っていて、言語を扱う前頭前野はどちらかというと後ろの下のほうにあります。社会脳で見ているような人と人とのコミュニケーション、特に人の気持ちをおもんぱかったりするところ、それから社会的な状況を理解したりするときには前頭葉の内側の前あたりが関係しているのではないかと言われています。場所は少し違うものの、同じ前頭葉の中の前頭前野の場で起こっているので、コミュニケーションを円滑にとるということは、さまざまな前頭前野の領域を使っていただくと考えていただいて間違いありません。

主治医の先生が認めてくれない
Q:自分たちの事業所でも学習療法でよい効果が見られているのですが、主治医の先生に言っても「あっそう」という感じです。いくら家族様に学習療法が良いと言っても、やはり主治医の言うことが一番です。医学会や各地の医師会の中では、学習療法の効果についてどれくらい認めていただいているのでしょうか。私たちはどう考えて対応したらいいのでしょうか。(デイサービス、ケアマネ)
川島教授
 残念ながら学習療法はまだまだ医師の間での認知度が高くありません。ただ、午前中、4人のドクターの方々が講演して下さいました。やっと医療関係者、特に医師の間で認識が広まり出してくれたんだな、ということを私自身嬉しく思っています。学習療法の結果が出て、最初に私が講演したのは精神医学界でした。そのときも参加してくださった先生方は「すごい」と言ってくださったのですが、そこから先には広がっていかない。というのも、ひとつはこの学習療法というものが処方箋に書けないからです。「医療」ではなく、あくまで「ケア」の段階にある。だから、医師としては学習療法を知っていても自分の収入にもつながらないし、勉強する気もさらさらないというのが、残念ながら多く医師の現状だと思います。
 ただ、今日の午前中の話を聞いていて、変わり始めてきたと感じました。これからもねばり強く学習療法の効果についての啓発を続けていこうと思っています。なによりもこれだけ多くの方々が学習療法の効果を目の当たりにして、医者が理解してくれないことに不満を持ってくださっているということが大事だと思います。この声が徐々に大きくなっていけばいくほど、そういった情報は医師の中に入っていくと思いますし、情報を持った医師が「学習療法ってなんだ?」と検索をかけたときに、医師が満足するきちっとしたデータが揃っているという環境を整えたいと思っています。今出来ることはそんなところだと思います。
 ドクターの立場から、岡山の森先生はどうですか。
岡山おとなの学校 森先生
 医者というのは本当に頭が固くて、データでしか理解できないというところが愚かですよね。同業から聞くとふんふんとうなずいても、たとえばケアマネさんから言われるとそれだけで聞かないという石頭が多いのも事実です。だから今日の先生方、私も含め老健などの医療と介護の中間というか、両方の要素を取り混ぜたようなところから情報発信して実際見てもらって証拠を作っていくしかないと思っていて、今まさにその過程にある。一番大事なのはくじけない、ということだと思います。
川島教授
 ありがとうございます。私が言えなかったことを言っていただけたと思っております。私も医者ですが、医師、及び研究者は知らないことは否定する、という性質をもっています。ですから、まちがいなく、否定というのは「NO」ではなくて、「I don't know」ということを意味しています。知らないことを言われると、「それはおかしい!」と反射的に言うのが私たちの種族の性質ですので、そういうものだと思って見てあげてください。

効果が実感できるフィードバック方法は?
Q:一般高齢者(元気な高齢者)を対象に脳の健康教室を実施しています。教室前後で実施効果がどうだったかということと、参加者個人個人に「あなたは教室の前後でどういうふうに変わりました」ということを、ある程度客観性のあるデータで返却する必要があると考えています。そうした場合に、
  @ある程度健康な高齢者にMMSEとかFABで検査して、実施前後で皆さんの研究で行っているような、良くなりましたというデータが、上手い具合に出るのか。
  A個人に結果を返却するときに「あなたのMMSEは30点でした、終わったときも30点でした」とお伝えしても、受けた方が効果を客観的にデータとして認識できるのか、効果が実感できるのかということで悩んでおります。
MMSE・FABを行ったとしても、参加者個人にどのように効果がありましたと返却したらいいのか、また、それにかわるようなツールがあるとしたら教えていただけたらと思います。(行政)
川島教授
 まず、年齢に依存します。例えば対象者が65歳以上であれば、MMSE・FABを使っても満点になる人はそう多くありません。多少下がってきているので、効果検証には使えます。これが50代の方となりますとMMSEなどは満点が取れてしまいますし、FABも満点近くなりますから、別の評価系を持ってくる必要があります。ただ、こうした場合に、例えば40代、50代の健康な方の脳の働きをどうやって評価するかということに関して、世界的な基準は一切ありません。何らかの認知的な指標を使うしかない。それは、どちらかというと学者の人と相談しながら作り出していくほかないかもしれません。
 ただ、私たちはMMSE・FABをやった人にそのまま返却する必要はないと考えております。ではどこで学習した方が学習の効果を感じられるか。それは学習した中身そのものなのです。多少ズルではありますが、学習していただくと確実に学習効果が表れます。同じ物がより早くできるようになっていく自分を見ることが出来ます。これが確実に自分自身へのご褒美になります。自分の能力が上がったということを体感できる、具現化できる数値としてどれぐらいの速さでできるようになったかというのは大きな目標値になります。先ほどの症例の中でも、例えばすうじ盤が早く出来ることにあれだけ喜んでくださる。これは実は、学習の効果そのものではあるのですが、それでも自分が学習して自分の能力が伸びたということ、それが自分で感じられるということは、老若男女問わずそれだけで大きな喜びになりますので、それだけで十二分にご褒美になる、と考えてもらって間違いないと思います。

反応がなくても効果はあるのか
Q:午前中の講演で、反応の得られない方に読み聞かせをされているという事をうかがったのですが、実際に読み書き計算をしなくても効果が得られるというデータがありますでしょうか。(老健、作業療法士)
山崎律美園長(学習療法研究会理事。福岡県大川市/道海永寿会・特養/永寿園)
 重度で寝たきりの方に対して、読み聞かせ等をすることでよくなった、という事例はあります。この方はコールが頻回で、一晩に何十回とコールがなる。職員も「また、あの方だ」ということで、職員との関係もうまくいっていませんでした。そんな時、あるスタッフが、「あなたも学習療法をやってみたら」とお誘いしました。その方は全くコミュニケーションが取れない方で、意思の疎通は小指でYES、NOを訴えるぐらい。あとは五十音表を指差して自分の意思を知らせるくらいの方でした。しかし、動機づけとして「あなたもやってみたら」と言うと、小指がピンとあがって「やる、やる」と言われました。当時、共同研究が始まって3年目でしたので、ケア担当者はやらせたかったけれども、学習療法担当者は「できるわけない、自分たちにその力量はない」と思っていました。しかし、その方は担当者とコミュニケーションをとりたがっているということが分かりまして、寝ながら書いた読めないような字をケア担当者が学習療法担当者にもっていくわけです。学習療法担当者は「これなら何とかやってみよう」ということで、最初はベッドサイドでの読みから始まりました。学習を開始してしばらくすると、「起きる」と言い出しました。始める前は夜間コールが頻回でどうしようもなかった方が、起き出して、学習療法を座って行えるようになると、コールが激減しました。なんでコールが減ったのだろうと、ご本人に時間をかけて確認しました。そうすると、「起きたことで、スタッフの忙しさがわかるようになった。ちょっと待てば自分の中で納得できた。だからコールを鳴らさなくてよくなった」と。また「学習療法で私と関わってくれるので、寂しくなくなったから、コールを押さなくてよくなった」と言われました。これを言われたとき、私たちは頭をガンと殴られたような気持ちになりました。私たちは何という介護をやっていたのだろう、と。本当はコミュニケーションが取りたかったのに、スタッフ側が出来ないと思い込んでいただけだったということを、この事例から私たちは学ばせてもらいました。
川島教授
 多くの施設がさまざまな工夫を、きわめて重症な認知症の方に始めています。
 そこでの気づき、きっかけは、今山崎先生がおっしゃってくださった「何もできないだろう」と思っていた方が、その人に合ったやり方でコミュニケーションを始めていくと、いろいろな能力が残っていることに気づいて驚かされたという事例です。そんな事例が全国各地からたくさん上がってきています。教科書はないのですが、やればなんとかなるという答えはいくつか出ていると思ってください。

会場の医師からの感想
医者の愚かさの例として、先ほどの話でもありましたように、次々に薬を増やしていき、どんどん患者さんの活動性を落としていっているというのがあります。前勤めていたところでは、他の先生方は全く頓着していませんでしたが、お金のこともあって、抗精神薬を大幅に減らした経験があります。ですので、そういう医者もいるということを知っていただきたいと思います。老健というところは、皆さんご存知のとおり、薬を出せば出すほど儲からないという仕組みになっております。私のところにも、関連施設の精神科病院から、病棟が回らないからと、薬をたくさん飲んでいる方が移されてきます。私の責任で薬を減らす覚悟をしましたが、他の介護士や看護師から、このような方が来られては困ると言われるので、もう少し薬を減らしてから紹介してくださいとお答えしたこともあります。他の身体科と比べて、精神科の医者の役割というのは小さくて、他職種の皆さんのおかげで仕事が出来ているのだということをこの数ヶ月身にしみて感じております。これからもぜひ、皆さんとお互いにイコールパートナーとして言い合えるような関係が出来上がることを願っております。(精神科医、老健施設長)



シンポジウムのまとめとして

学習療法研究会会長・川島隆太教授
 今日は朝の10時からという長丁場になりましたが、いろいろディスカッションもしてまいりました。午前中のセッションでは4人のドクターから学習療法に関するさまざまな事例、そして考え、哲学をお聞きしました。全体討論の最後に発表された先生にも力強いものを感じましたが、やはりドクターの味方を増やしていくことが、大きな宿題だなという認識を持ちました。最終的に認知症高齢者の幸せを考えていったときに、ケアをしている現場だけでなく、現場に関わってくれているドクターたちの理解、協力が必要だということです。
 また、午後のセッションでは、学習療法や脳の健康教室に関するさまざまな成功例、またどう困難を乗り越えてきたかという経験談、そしていくつもの事例について発表がありました。これらの発表の中で、私は「地域」というのがキーワードになってきていることに対して非常に嬉しく感じました。学習療法という個々の施設の中に入ったひとつの認知介入という取り組みが、施設を越えて地域にまで広がっていけるチャンスがある。私たちの取り組みというものが、現場での小さなところに留まらずに社会を変えるというところにまで、広がっていける可能性がある。そのことに、学習療法の大いなる可能性を感じ、私たちが最終的に目指そうと思っていたところに、すでにいくつか入りつつあると非常に嬉しく思っています。また、症例をお聞きするにつけて学習療法に関する再認識というか、効果があるんだな、と作った人がこんなこと言っては申し訳ないのですが、それでもやっぱり我々が作り出したものは世の中の役に立っているんだなという思いを再び感じさせてもらいまして、勇気を得ることができました。
 それから、高次脳機能障害という新しい分野へのチャレンジが始まってきている。特にこれは若い人が事故等で高次機能障害になり、社会性を失うという、とても悲劇的な状況ですから、こちらのほうでも何とか学習療法が役に立つということが証明され、広まっていくということを大いに期待したいと思います。
 以前、我々が学習療法を提案してから、かれこれ10年近くなります。最初の頃は、学習療法を広めるために、一生懸命伝道師としていろんなことをいろんなところで言って歩いた思いがあります。その後、学習療法研究会ができてからも、まだまだ学習療法が独り立ちできるとは自信がなかったものですから、よちよち歩きの赤ちゃんを見ているような気分で、自分たちがなんとか面倒を見ないとつぶされてしまうという思いの中で頑張ってきました。今日、この会を開いて、皆さんのお顔を見させていただいて、またお話を聞く中で、もう力強い青年になったなという感覚があります。自分たちでどんどんフィールドを広げていきながら、自分の力で力強く歩みだせる、羽ばたける、というところまで学習療法をやってきたという感覚を私自身持ちました。非常に感無量なものがあります。

医師からの問題提起も
 今日のお話の中で私たちは情報発信をもっと強化しなくてはいけない、ということも強い問題意識として持ちました。例えば、学習療法の効果に関しても、長期の観察での効果のデータがずいぶん出てきています。また、これまで介護の世界の中で、自分たちが経験した事のない、心に残るような事例に当たったという報告もありましたし、皆様方もそういう事例をたくさん持っていらっしゃると思います。こうしたものを社会全体で共有するという取り組みを、これから公文の方々と一緒にやっていきたいな、と思っています。例えば書籍の形でもいいですし、そういう形の情報発信をして、これを行政なり、立法府なりに届けるということを私たちの仕事としてやっていきたいと思っています。もちろんその中には我々はあくまでフェアな立場であることを強調するためにも、効果が出づらい症例に関しても話を入れたいと思います。それがなぜかということの現場の考察も入れるといったようなものを作りたいと思います。
 さらにこの学習療法がイギリスに展開しようと思ったときに、やはり彼らがすごく気にしていたのが、費用対効果の問題です。立法府及び行政が気にするのも、費用対効果です。学習療法を運営するためにいくらコストがかかり、施設としてはいくらコストが増え、そのことによってどういった利益が施設や社会にあるのか、ということを明らかにしていくことを私たちはそろそろ本気でやらなくてはいけないなと思っています。今日は幸いにもドクターから、アリセプトより費用対効果があるんじゃないかといったような危険な(笑)提起もありました。こういったことを含めてどのような費用対効果があるかということも情報発信、出来るだけのデータを集めたいと思っています。

学習療法はまさに最後の終末の場面における死生学そのものではないか
 さらに私自身が深く今日の会の中で考えたのが、尊厳ある死というものを考えるきっかけを学習療法は我々に与えてくれたのではないかということです。人として死の場面を迎えることが学習療法にはできる、その力があるということです。これから私たちがスマートエイジングというものを社会に訴えていく中で、死生学、死と生の学問は、避けて通れないと考えています。死生学とは、自分の死を考える事によって今の生をどうより良くするかを考えるものです。学習療法はまさに最後の終末の場面における死生学そのものではないか、どのように頑張って生き、どのような死を迎えるかを私たちに考えさせてくれる大きなツールになったのではないかと思っています。この辺の哲学の情報発信もしたいと思います。
 哲学ということでは、岡山の森先生がおっしゃられた「脱、ノーマライゼイション」だと。どちらかというと私たちが高齢者の方に与えてきた環境、与えてきたケアというのは実は彼らの可能性を全部奪う方向にあったのではないか。それよりも個人個人にきちっと目を向けて個人の可能性を伸ばすという方向に、社会全体を、小さなコストを度外視してでもやるべきではないか、という哲学まで語れるような情報発信をしたいなというのが私自身の強い思いです。

 これで、今日の会は終わりにしたいと思いますが、この一日の知識の吸収、経験が皆様方にとって貴重な経験になっていただけただろうと思います。これからの介護を考えていく上で、我々は、皆さんと一緒に情報発信していきたいと思っております。そうした中でさまざまな事例の提供を会員の皆様方にお願いする事になると思いますので、ぜひ一緒に学習療法をきちんと伝えるということのお手伝いをお願いしたいと思います。