学習療法シンポジウム2010 in 東京


特別企画 医者の立場からみた学習療法の効果と施設での活用事例

特別企画1

家族の家族による家族のための学習療法交流会


北海道/社会福祉法人光寿会 理事長(医師) 森 光弘


はじめに

 私は、この学習療法の成果が、介護に止まらず地域にも貢献していけるような、いわば「介護のイノベーション」だと思っています。今回これまでに私たちが法人内で実施した「学習療法家族交流会」での経験に関してスマートエージングの理念に沿って考察をしてみたいと思います。

「なにもすることがない。たいくつでしょうがない・・・」という利用者の一言。

 当法人では北海道の大樹町と帯広市にある2つの老健で学習療法を実施し、森クリニックでは昨年4月から「脳の健康教室」を始めています。学習療法導入のきっかけは、ある高齢者の方の「なにもすることがない。たいくつでたいくつでしょうがない。」でした。
 ご存知かと思いますが認知症にはアリセプトのような薬剤がありますが、奇跡的な効果ではなく進行を抑えるものであり副作用も報告をされています。一方当施設で30ヶ月間学習療法を継続的に行った方のFAB・MMSEの結果を見ますと、特に月16回以上しっかり学習した方々の検査結果から脳機能の低下が抑えられているのが分かります。現在学習療法は月2100円ですので、薬剤と比較してもその費用対効果に遜色はないものと思っています。

重度の認知症で末期状況にあったFさんの事例

 Fさんのご家族は、Fさんの深夜の徘徊など問題行動が悪化して家庭の崩壊の危機を迎えておられました。当時5種類の向精神薬を投薬されて「いずれ寝たきりになる」と主治医から言われてもおりました。H20年には問題行動はエスカレートする一方で、当施設のスタッフは勇気を出して主治医の方に「薬をやめてください」と進言し、「私たちが個別に対応します!」と宣言して学習療法も開始しました。学習療法を開始6ヵ月後にはFさんが「日記を書きたい」と希望されました。日記からは「息子から日記を書くように言われ、今日から書くことにする。うれしい。」など、その記述から込みあげるようなFさんの嬉しさが胸に迫り、健気に自分を勇気付けられてもいます。今ではカンタンなお手伝いもでき、人への思いやりもあって少し不穏な方へのお話ができるようになりました。

看取りと学習療法の連携、Mさんの事例から・・・

 平成20年9月から老健に入所されたMさんは94歳で要介護5ですが、感染症の繰り返しから衰弱され、経口摂取もできず点滴の毎日でした。平成21年の11月には抹消の静脈も脆弱になって点滴も出来なくなり、体重も入所時の45sから29sになられました。病院への転院や経管栄養をお勧めしましたが、ご本人とご家族はこれを強く拒否され、「この施設で最後を迎えたい」という強い意志を示されました。
 平成22年2月からFさんのお二人の娘さんと当施設の全職種からスタッフが集まって「看取りチーム」を結成し、毎週「看取り会議」を開始しました。その中で、Fさんがふと漏らされている学習中の言葉にキーワードがあると気づき、「淋しさを克服するケアを実践しよう」と決めて、終日人が集まるディルームで過ごしていただこうと決めました。また最後の最後まで学習療法を実施しようということも決めました。
 その他にも「古いアルバムについて語り合う」とか「息子さんからのハガキを代読する」などの工夫をしたり、いつ終わるかも分からない看取りですので、「一日一日いろんな表彰状や卒業証書や感謝状を作成して毎日毎日渡そう」ということにもなりました。これは大変に感激し、感動してもらいました。
 ある日Fさんの体重が1s増え、全粥に変更して食べられるようになられ、また自分の名前も読めなかったものが読めるようになられました。日課だったお題目も唱えられるようになり、最初は看取りで始まったけれども、いまもとても元気に明るく看取りケアをしております。





家族の家族による家族のための学習療法家族交流会

 これまでお話しましたように学習療法を通じて薬剤による治療と遜色のない効果があることを私たちは沢山経験してきておりますが、一方で、ご家族には、認知症のご家族が再びうちに帰ってくることへの様々な抵抗はあります。そこで「予防などにも学習療法を利用すれば在宅介護の可能性がもっと広がるのでは?」と考え、「家族の家族による家族のための学習療法家族交流会」を実施することとし、これまでに当施設では、3回にわたって家族会を続けてきました。
 先日5月8日に実施した当施設3回目の家族会では、ご家族からご発表もいただくようになりました。

家族会での発表より〜よみがえる知性の輝き、母と家族と施設の連携〜

 Kさんのご家族は山下牧場で酪農をされ、今70頭の牛を飼っておられますが、Kさんにも牛舎の世話という役割があって、普段から「仕事は宝」と言われておりました。ところが平成18年秋からKさんに認知症の症状が出て参りました。失禁からポータブルトイレを使用し、寝具の汚染も出てきました。会話が減って自信を喪失し、お客様に対して同じ話の繰り返しが始まり、誰なのか分からないと記憶にも障害が出始めました。部屋に牛の飼料を撒いてしまったり、かつてピアノの先生でしたが日課だったピアノを弾くこともなくなりました。平成19年5月、Kさんの認知症発症でご家族は介護をしなければならず山下牧場が経営の危機を迎えることになりました。そこでご家族がケアマネに相談されて当施設のディケアを利用して学習療法を平成19年5月から開始しました。その後の変化ですが3ヵ月後には同じ会話を繰り返さなくなり、職員の顔を忘れなくなりました。ちゃんとした会話が出来るようになって行動面の変化でも訪問ヘルパーと一緒にシーツ交換が出来るようになりました。「100点取れたとか褒められた」と家に帰って自分から話すようにもなりました。本人の感想から「学習療法で自分はできるんだ!という自信がついた」と言われ、いまも「100歳までは働く!」と言われています。
 平成20年8月には要支援2に戻られました。

これまでの学習療法の事例やご家族会でのご発表を通じてのまとめ

 学習療法とスマートエージングは・・・「加齢と共に人生が豊かになることを実感し、老若男女問わず世代を超えてお互いを支えあう事」とされています。「学習療法の成果は、本人様のみならずその家族、地域社会にも波及し、スマートエージングによる町作りに貢献するものだ。」とここ数年の事例や家族交流会などの活動から実感しております。









特別企画2

抗精神病薬の中止と学習療法の効果


長崎県/医療法人白十字会 介護老人保健施設サン 施設長(医師) 石橋 経久


 老健施設サンでは認知症改善の目的で平成13年より入所者259名に抗精神病薬の内服を中止し、また平成17年より102名に学習療法を開始し認知症の改善に努めました。本日は抗精神病薬中止と学習療法の相乗効果についてご紹介します。

抗精神病薬の内服中止の理由

 認知症の高齢者では脳神経細胞数が激減し細胞機能も低下する。また脳神経細胞同士のネットワーク機能も低下している。認知症の周辺症状(徘徊、暴言・暴力、妄想等)が統合失調症の症状に類似しているために、抗精神病薬を多くの認知症高齢者に処方され内服されている。その結果、脳神経細胞機能もネットワーク機能も不全状態となり中核症状と周辺症状を更に悪化させている。
 抗精神病薬内服による転倒・骨折事例が続いたため平成13 年より抗精神病薬の中止を積極的に施行した。サン入所時には37%の新規入所者が抗精神病薬を内服されており、その内86%の入所者へ入所時より内服中止ができた。
 平成22年4月現在、抗精神薬服用者数は7名で全入所者の7%である。

抗精神病薬の生体内代謝

 多くの抗精神病薬は肝臓の小抱体で代謝され腎臓や胆汁中より排泄される。高齢者では肝臓・腎臓の機能が半分以下に低下している為に抗精神病薬は体内蓄積を起こしやすく重篤な副作用を合併しやすい。

一石二鳥の効果

 抗精神病薬の中止により約90 万円/年の薬剤費を節約でき、その金額を学習療法の教材費に当てることができた。

(図表)入所時より向精神薬中止症例(5年間, サン)
 また、大腿骨頚部/ 転子部骨折者数の変化として学習療法開始後は年間4名から1〜2名へ減少した。これは学習療法の効果による。


《事例の紹介》
事例1 : 82歳(男性) 混合性認知症
 入所時の随伴(周辺)症状は、せん妄,嫉妬妄想、不穏、徘徊、独語、暴言、暴力行為、性的異常行為、介護への抵抗など。4種類の抗精神病薬と催眠薬の内服中止後、学習療法を開始した。3ヵ月後には入所時の重篤な随伴症状は全く消えて笑顔が戻り、夜の睡眠状態も良好となられた。学習療法により本来の自分を取り戻されて外泊可となられた。ご家族も大変喜ばれ満足度は高い。


事例2 : 82歳(女性) アルツハイマー型認知症 
 随伴(周辺)症状は徘徊、不穏、不安、帰宅願望。3種類の抗精神病薬を内服中止後、学習療法を開始した。3年間でMMSE:12 → 25、FAB:5→ 12、介護度:4→1と改善された。光トポグラフィによる脳血流量の変化も良好でした。学習療法による経済的効果の高い事例です。


事例3 : 79歳(女性) 脳血管性認知症
 入所時は夜間せん妄、大声、不穏、徘徊、失見当識が著明。2種類の抗精神病薬と催眠薬の内服中止後学習療法を開始した。開始前→1年後→2年後の変化としてMMSE:18 →24 →17、FAB:9→10→8と2年後には元に戻ったが介護度は4→2→2と改善を維持できた。


 サン入所者の中で学習療法施行事例の介護度改善について比較した。学習者の維持・改善者は82%、非学習者は78%と大きな差は無かった。学習療法以外の時間にも豊かな環境下で個々の利用者に合ったケアとリハビリを組み込み、自立度と共に寝たきり度判定の改善にも努める必要がある。

結 語

  1. 学習療法により高齢者の弱った脳神経細胞機能を活性化・再構築させ、認知症を改善できた。(神経の可塑性)
  2. 抗精神病薬の中止と学習療法の相乗効果により、認知症の改善と転倒骨折者数を減少させ、ADL・QOL を改善できた。
  3. 学習療法による介護度の改善は介護保険料の節約に大きな貢献をもたらした。(介護度が1改善すると1万6千円/月の保険料が節約できる)

 抗精神病薬の中止と学習療法で前頭前野の高次脳機能を再賦活化させて本来の自分を取り戻し、素敵な人生を送ってください。








特別企画3

学習療法を最大限活用する


大阪府/医療法人興世会 介護老人保健施設石きり 施設長(医師) 田仲 みすず


学習療法との出会い
「自分も笑顔を見たい! 効果を自分も感じたい!」

 もともと内科医で、この仕事をはじめて25年を超えました。その間に沖縄県石垣島の診療所など様々な所に勤め、約3年前より今の施設に勤務しています。
 学習療法との出会いは、テレビの特集番組と、信頼できる友人からの「くもん、いいよ〜」という生の声でした。テレビでみた高齢者の笑顔がとても印象的だったのを覚えています。
 医師という職種は、一人ひとりに関わる時間はそう長くなく、患者さんにとって緊張する存在であったり、遠い存在だったりします。「高齢者のこぼれるような笑顔を是非私も見てみたい、効果を自分の五感で感じてみたい」というのが学習療法をはじめたいと思ったきっかけです。基本的考え方としては、「費用もしくは労力対効果」、「少ない力で最大の効果を得ること」を常に目指しながら、そしてその方にとって「できるだけ質の高い生活」が送れるような、そんな医療や介護を提供したいと思っています。

人が人として生きることを楽しめる医療をめざして

 認知症の薬物療法としては、現在アリセプトしかないのですが、「そもそも生きるとは?」を考えたいと思います。「生きる」とは何でしょう? 生物学的には「息をして脳や心臓が活動していること」ですが、そうではないですよね? やはり、「おいしく食べる、気持ちよくお風呂に入る、快適に寝る、笑う、楽しむ」、これらが「生きる」ということなのではないでしょうか? 1日を長く感じ退屈に過ごすのではなく、「あ、もうこんな時間?」と思えるような暮らし方が理想ではないでしょうか?
 そんな暮らしへの手助けを、果たしてお薬に期待できるのでしょうか? 生きている限りはできるだけ質の高い生活を送ってほしい・・そしてそのためには「生きがい」がどうしても必要です。そのきっかけに学習療法がなりうるのではないか? と考えます。

「全員で体感したい!」 そして継続でき、そして自立できるシステム作り

 学習療法導入にあたって次の3つを心がけました。
 まず1つ目は、「施設の職員全員で行う」。皆必ず1回は学習を体験し、「学習療法とはどんなものですか?」と聞かれた時に、自分の言葉で答えられるように共有する、全員野球ですので、もちろん私も学習に入ります。
 2つ目は、運営していくシステムをきっちり作る。個人の頑張りのみに頼るのではなく、誰が抜けてもスムーズに流れていけるような、そんなシステムをめざしました。
 3つ目は、最終的には私がほとんど関わらなくても、ちゃんと次の一手を考え、まとめ、実行できる、システムやチームとしての自立です。





心に残る事例から

 1例目は入所の方です。心臓が弱く、学習を始めるまではほとんど横になっていることが多く、時々胸をおさえてつらそうにしている姿が思い出されます。ところが学習開始後は本当に笑顔が多くなり、待ち遠しくて、早くからエレベーターの前で待つようになり、少しつらそうな時でも「好きやからやりたいねん」と休まずされていました。たまたま病院受診時に体調が悪くなって入院され、心電図のモニターをつけたところ、心室細動という命をおびやかす不整脈が出ては自然にとまり、出てはとまり…という、私が思っていた以上によくない状態でした。本当にびっくりしました。2週間ほどで亡くなったのですが、よくあんな状態で学習されていたものだと思います。でもこんな過ごし方こそが私がめざす最後まで楽しみのある、質の高い生活ではないかと思いました。
 2例目はデイの方で、導入当初から今も続けている方です。始める前は被害妄想が強く、「私のかばん、誰かがとった?」などと訴えることがよくありましたが、始めて2カ月ほどで、かつて日課でされていた「毎朝お仏壇の前でお経をよむ」という習慣を自ら再開され、ご家族がとても驚いたとともに、「本当に嬉しい」と感謝の言葉を頂きました。3カ月ほどで被害妄想はなくなり、今も良好な状態を保っており笑顔のある生活を過ごしています。

学習療法でご利用者、スタッフ、施設も元気に!

 学習療法に期待するところは、ご利用者に対しては、認知症対策だけでなく楽しみから生きがいへの道しるべとして、スタッフに対する効果としては、コミュニケーション力だけでなく、観察する力、それを記録する力、そしてこれがとっても大切と思うのですが、みんなでひとつのことに共感する、そして元気になり「また明日から頑張ろう」という気持になることです。施設に対する効果としてはみんなが一緒の方向を向いて進むベクトル力、施設の特色、魅力となります。また、地域へ発信する手段として、地域に向けて「脳の健康教室」をはじめたいと思っています。これを行うことで学習療法というものをもっと地域で知ってもらい、「認知症にはあそこに行ったらいいらしい」という口コミへとつながっていって欲しいと思っています。

全員で共感し、一緒に歩む 〜施設内報告会〜

 学習療法の効果を共感する場として、1年目、2年目と2回施設内症例報告会を行いました。発表は動画中心で、撮るのがとても大変ですが、これは100 の言葉より説得力があります。ちなみに石きりではどの研修も同じ内容を2回行い、全員が聞けるよう配慮しています。

学習療法開始後のスタッフの変化
〜定着率・考える力・感じる力・記録力〜

 学習以外にも色々な取り組みを行っていますので、もちろんさまざまな要素による結果といえますが、まず1つ目、スタッフがあまり辞めなくなり、「定着率」がよくなりました。
 2つ目は「考える力」です。色んな現象が何を意味しているのか、興味がわくようになったという感想も聞いています。
 3つめは非常に抽象的で申し訳ないのですが、「感じる力」です。たとえば足元にダイヤモンドが落ちていてもそれに気付かなければ拾うことはできません。全身の五感を使って、色んなことをキャッチする力があがってきているように思います。
 4つ目は「記録」です。私が勤めはじめた頃は、明らかに前の人の文章を書き写している、「なんちゃって記録」が多かったのですが、最近は、読んだらその方の様子が浮かび上がってくるような、そんな記録が見られるようになってきており、本当に嬉しく思います。現在の私のテーマは「育てる」なのですが、私はスタッフみんなを育てる喜びや楽しさを頂いています。









特別企画4

学習療法の効果と施設での活用事例


岡山県/特定医療法人清風会 おとなの学校岡山校:副理事長(医師)森 崇文


 私は、学習療法は関係性を良くするパートナーだと感じています。
 導入後半年でそれが判りました。では「どう関係性を良くしていけるのか?」についてお話します。

まず最初に、「ご本人自身の関係性」が良くなります。

 研究され優れた学習療法用の教材によって前頭前野が活性化され、個別とのかかわりによるコミュニケーション量の増大から達成感を得て、高齢者が自信と意欲を取り戻すことができます。
 2番目に、「スタッフとの関係性」が良くなります。より善く利用者さんを知ることになります。地域に住む先輩として関わり、「お世話する対象」から「地域に住む先輩」として支援に魂が入ります。その利用者さんのリアルな歴史を知ることで尊敬できる対象となり、心から感動することで本気のお付き合いができるようになります。
 3番目に、「ご家族との関係性」が良くなります。ご利用者さんの過去の記憶や思い出をスタッフから伝えられることで、ご家族が「家族の関係性」を取り戻すことができます。ご家族はご利用者さんを「介護をする対象」から「感謝したい対象」そして「かつての存在」へ戻すことができます。親が頑張る姿に感動もできます。
 4番目に、「施設の地域との関係性」が良くなります。
 地域の中で「仕方なく親を預ける施設」から「明るく生き生きと暮らすためになくてはならない施設」へと関係性が良くなります。
 5番目には、「スタッフ自身の関係性」が良くなります。「この仕事を私の天職にしたい」これは指導を始めて6ヶ月目の学習スタッフから出た言葉ですが、「作業」から「しごと」へ、介護に大切な「尊敬」を取り戻すきっかけになります。

学習療法導入の経緯・・・

 平成2年に開設した老人保健施設であり中間施設のはずが、気がつくと終の棲家になっていました。
 ただ経営は常に、満床で安定経営です。でも動きのない入所者、変化のない毎日、通り一遍の行事、くすんだ眼、力のない笑い、お昼のあとは決まって居眠り。そして夕方になると水戸黄門。なんとなく澱んだ時間が流れていました。それに対して「こんなのやだ!」と思いました。「お世話する介護から、自律を支援する介護へ」この抜本改革の中で出会ったのが、熊本にある「おとなの学校 本校」であり、「くもん学習療法」でした。



学習療法導入後の抜本改革への動き!

 学習療法導入にあたっては後戻りできないように施設名称を変更し、校歌も作りました。制服を作り、内装もリニューアルしました。大浴場を個浴に変え、欲に特浴という名の人間洗浄機室は「学習療法室」にしました。学習療法を「ラジオ体操化」するために、スタッフ全員で研修を受講しました。当初はスタッフ交代制による学習指導を検討しましたが、やはり専属スタッフを新規に雇用して配置することにしました。「くもんを大切にしたかった」「指導者側に一定のテンションを保ちたかった」というのがその2つの理由です。

変化・効果、喜びと感動

 週に一回のミーティングでの報告 当初は拒否的な反応がありました。利用者の「いやじゃ」と言う声も聴かれました。でも2 ヶ月目頃より変化が現れました。次々にご利用者のエピソードが出てきました。
 よくお聞きしていくと、スタッフ一同は驚き、笑いがあり、発見の連続でした。「当たり前に座っておられた高齢者の方が、実はまるで歴史の生き証人のような方だった・・・」ということもありました。
 スタッフ一同で喜び、素直に感動し、時には拍手が沸きあがる情報共有に「こんな楽しい情報を共有しない手はない!」ということで、以下のように利用者さん情報の共有化を図ることにしました。

  1. まず利用者さんごとのファイルを作り
  2. 日報形式で一言コメントを作成
  3. スタッフステーションのカーデックスと一緒に設置して手の空いた時間にスタッフがいつでも読めるようにする。
  4. 派生するコメントもスタッフが自由記載できるようにする
  5. 日々の介護・看護記録とは独立させて読みやすいようにしました
  6. そのままご家族へも情報をフィードバックしました。

「ノーマライゼーション」「学ぶ姿勢」

 これまでお話ししたように「関係性が良くなる」ことで、私たちの施設の中に「もう一度、在宅をがんばってみよう!」という気持ちがみんなに生まれました。それは「ソノヒトヲソノヒトトシテ アタリマエニミルコトガデキルヨウニナッタ」ということであり、「ノーマライゼーション」ということでした。


 私たち医療者がこれまで良かれと思ってしてきたことは、とても罪つくりでした。
 「治療のために」とサービスし、病院で寝たきりを作り、そのための受け皿の施設をつくり、サービスの意味を取り違えて過剰な介護によって高齢者から生きる力と意欲を奪ってしまっていたのではないか?
 そしてコミュニティーや家族との関係性を遮断してきてしまったのではないか?とも思います。


 最後に、私たちは学習療法を通じて「学ぶ姿勢はお互いが元気になり、学ぶ姿勢はお互いが成長する」ことを学びました。そして私たちの仕事は対人支援業ですので、支援をすることで「関係性を良くしていくことにつながるのだ」ということも学びました。








事例発表 介護現場での学習療法の具体的な「効果」と学習者事例

事例発表1-1

学習療法、地域へ「はっしん」!
〜ご家族へ向けた学習療法発表会を開催して〜


宮城県/医療法人松田会 学習療法リーダー 相田八世一氏 白石 淳

 医療法人松田会は宮城県仙台市北部にあり、松田病院を中心として20を超える医療福祉事業所からなります。 2003年「学都共同研究プロジェクト」により、仙台市と東北大学川島隆太教授・公文教育研究会との共同研究として2部署でスタートしました。 現在では12部署の202人のスタッフと161人のご利用者が学習療法に取り組んでおります。


スタッフ間の価値観・意識の共有のために、事例発表会を開催・リーダー会議で学びあう

 学習開始後しばらくは順調に進められ、2年目、3年目と学習療法導入部署が増え、5年目には10部署が取り組むようになりました。法人内に広がる中、逆にスタッフの学習療法へのマンネリ化や、意欲の薄れが見られ、スタッフ間の温度差等の問題も表れてきました。
 そこで、スタッフの意識変革と各部署の取り組みの成果を形に残すことを目的に、「事例報告会」を2007年6月と7月に開きました。その後、各部署の横のつながりを強化し、全体の整合を図るべく、月1回各部署の学習リーダーが集まって会議を開くことになりました。2008年2月より始まったこのリーダー会議は、問題解決の糸口や方向性を確認し合い、互いの取り組みを刺激し合う機会となり、何よりリーダー自身が新たな活力を持って、現場に戻る貴重な場となっていきました。
 また、取り組みの工夫や成果を全職員に知ってもらうべく、実践事例報告会を年に1度開催することを決め、現在まで3回実施しております。ご利用者の良い変化だけではなく、困難事例やスタッフの気持ちにむけたアプローチ方法など、年々様々な視点から発表がなされるとともに、昨年には困難事例についてのグループ討議も取り入れ、スタッフの考える力を養い、スキルアップに役立てています。

ご家族に学習療法を知っていただこう!〜「ご家族への学習療法発表会」の開催〜

 2009 年度の当法人のテーマは「地域貢献」です。学習リーダー会議でも「ご家族や地域の方にも学習療法を知って頂き、安心できる生活を支援していきたい」と決まり、秋の開催に向けて全員で準備を始めました。しかし、新型インフルエンザの蔓延のために、やむなく開催を見合わせることとなり、やがて意識も薄れていってしまいました。
 そんな中、昨年12 月の学習療法シンポジウムに法人から3名が参加。そこでの様々な発表に大きな衝撃を受けました。「他の施設や地域の方々との交流会や発表会を当たり前のように行なっている!」「スタッフも学習者も楽しめ、気持ちが湧き立つ工夫を行なっている!」等々、その行動力と学ぼうとする意欲に驚かされました。「私たちも発表会を実現しなければ! 私たちにも出来る!」と、眠りかけていた意欲と自信が沸き立ち、今後の方向性を掴んだ瞬間でした。仙台に帰ると学習リーダー会議で思いの実現へ気持ちを一つにし、発表会へ向けてリーダー12 名が再び動き出したのです。
 こうして迎えた3月27日。当日はご家族、スタッフ合わせて100 名近くが会場を埋めました。プログラムは、@認知症と学習療法についての説明 A松田会学習療法の7年間の歩み、そして全12 部署のスタッフがどんな思いで学習療法に取り組んでいるかを伝えました。B学習療法を通して顕著な生活改善につながった2事例を発表。Cご家族に学習スタッフが向き合い実際の学習療法の体験をして頂きました。学習を通して会話が生まれ質問が飛び交い、それにスタッフが自信を持って答えている姿が頼もしく短い時間でもご家族の信頼を得た時間となりました。参加者からは「夢中になりました」「100点有難う」「老化防止に最高」との多くの言葉がきかれアンケートでも「事例に感動した」「大きな驚きを感じる」「悲観的な感情が吹っ切れた」との感想を頂きました。
 この発表会では3 つの効果が得られました。@ご家族が学習の効果への理解を深め、認知症の改善を前向きに捉えてくださったこと。A学習療法に取り組んでいる当法人へのご理解にも結びついたこと。B私たち学習スタッフに、沢山の喜びと驚きの声、労いと感謝の言葉をご家族自らがかけてくださり、心の距離をも近づけてくれたこと、です。


―「ご家族への学習療法発表会」での紹介事例―
10年の閉じこもり生活から、自分らしさを取り戻したM様500日間の取り組み

 M様は現在82歳。ご家族との会話がなく10年間閉じこもりの生活を送っていた方です。2008年8月から、通所サービスを利用し学習療法を開始すると、ご自宅での生活意欲に変化が見られ今では活き活きと表情豊かに生活されるようになりました。


●60代よりもの忘れ、70代は閉じこもりの日々

 M様は元々社交的な方で、50代からは意欲的に地域活動に参加していましたが、60代より、物忘れが始まり、頑固さが増し、他者とのトラブルが目立ってきました。70代では、人を嫌い、暴言や拒否、自室に閉じこもることが増え、部屋を片付けられない、着衣の順番を間違えるなどで娘様と言い合う毎日が続くようになりました。2007年5月にアルツハイマー型認知症と診断されます。入浴や着替え、家事などへの意欲が低下し、1日のうち半日寝て過す事が続き、不眠もでてきました。 生活リズムの乱れと閉じこもりの生活を改善するため、2008年8月より当事業所を利用することになりました。

●開始当初 〜不安と疑問、抵抗の日々

 はじめのころは様々なことに疑問を投げかけられ、集中力が途切れがちでした。スタッフは不安や孤独感の緩和の為にたくさんの会話を試みましたが、M様が何に関心があるのか分からないままただ声を掛けている状態でした。人の輪に入らず、何に対しても疑問や否定的な発言が聞かれ、通所に通うこと自体に意欲を持てずにいました。送迎中も頻尿のため何度も下車しトイレを借りることもありました。自宅では、ご家族との会話はほとんどなく、部屋で一人寝て過ごす日々です。通所の用意は娘様が行い、着衣の順番が分からず、支援が必要でした。

●開始から120 日までの経過 〜学習に集中、人との関わりが!

 人前で何かをすることがなかったM様が、学習時に歌っていた民謡を皆の前で踊り賞賛を受けたことをきっかけに、学習にも最後までしっかり取り組めるようになりました。通所中は、自ら話し掛ける事が増え、活動で取り入れた俳句にとても意欲が見られました。送迎中の頻尿も緩和。自宅では、帰りの送迎時に玄関で娘様の「おかえり」に「ただいま」と笑顔で応じられます。以前より娘様を怒る事が少なくなりましたが自分の部屋から出てこない傾向は続きました。

●開始から200 日までの経過 〜学習に意欲、会話が増え、生活自体に活気が!

 学習では、「頭の体操まだだよね!?」と進んで取り掛かり、集中してスラスラと解いています。スタッフは学習中の会話の中からM様の興味を知ることができ、俳句・習字・歌・料理などをプログラムに取り入れたアプローチを行いました。通所中は相手に興味を持つようになり会話も増。昼食作りに活き活きと取り組み、学習以外にも意欲を持てるようになってきました。自宅では、自ら家族に話しかけ、通所の用意も自分で玄関に揃え、着衣も整えられるようになってきました。周りからM様に変化が見られていると言われ、通所サービスを週2回から週3回の利用に増やすことになりました。

●再び他人との距離をとるように・・・その後、他の人々の中で安定した居場所を

 その後、再び一人でいることを好まれるようになったり、他者に距離を置いたりする様子もみられましたが、これは自我が表れ、自分なりの居場所を模索していた時期と思われます。400 日までの経過では、教材から昔のエピソードを教えてくれる事が多くなり、すうじ盤では間違もなくなり、得意げに行なわれます。スタッフは、集団の中にとけ込みやすいよう役割を決めて他者と関わる時間を持つようにしました。通所中は、スタッフにお茶を出したり、昼食の下膳を手伝ったりと、人のために何かをするという行動が見られました。この頃より送迎中トイレに行くことがなくなりました。自宅では、娘様が声を掛けると、料理も出来る範囲で手伝うようになり、ご家族との関わりに笑顔も増えてきました。

●「我が家だ! 我が家」〜通所が落ち着ける場所となり、在宅生活も安定!

 現在では、学習中一緒に取り組んでいる方を励まして教える姿も見られます。スタッフは、本人のやりたいことがスムーズに行えるように他ご利用者への働きかけを行い、集団の輪が保てるよう配慮しました。通所中は、俳句の会がM様中心に行われ、フロアに掲示するようになりました。通所を落ち着ける場所といい「我が家だ!我が家」と言って入って来られ、通所での自分の居場所と役割を獲得できたと思われます。自宅では、喜んで外に出かけ、買い物などを一緒に行けるようになった事で、家族間のコミュニケーション量は格段に多くなり、ご家族との関係もとても良いものとなりました。

●通所サービスの利用により、在宅での生活改善につながることに大きな意義

 在宅生活者にとって当然、生活の場は自宅であり、家族や地域の中で人と触れ合いながら自分らしく生活することが一番望まれる事です。認知症によって一旦失われかけた人との触れ合いや自分らしさが、通所サービスを通して学習療法と出会い、学習が出来る通所サービスが好きになり、張り合いになり、生活の糧となっていった事が、自宅での生活リズムの改善になり、家族との触れ合いが増え、以前の自分らしさを取り戻していったものと言えるでしょう。「学習が自宅での生活改善につながる!!」ここに、通所サービスにおける学習療法の大きな意義があるのです。

※この事例については「くもん学習療法センターだより2010年 月号」でも紹介されています。






事例発表1-2

全員で気づきを生活支援に生かす!


三重県/社会福祉法人ケアフル亀山 特別養護老人ホーム亀寿苑 加藤 晃

 2007年9月に学習療法を導入し、職員全員で研修を受講してすべての職員が学習療法に携わっています。入所者50名のうち現在25名の方が学習しています。支援は介護職員が3分の2、事務所のスタッフで3分の1という割合で学習を担当しています。


全員体制で実施 学習療法導入の目標「誰にどうなってもらいたいのか」を全員で確認

全員体制で行うにあたり、価値観共有ために職員同士で「誰のためにするのか?」ということを確認しあいました。「「誰のための学習療法で、誰にどうなってもらいたいのか?」を投げかけ、「今いる、これから出会うご利用者に長く元気に過ごしていただきたい」「高い質の生活を長く続けていただきたい」ということを目標として掲げ、その達成のためのツールとして学習療法に取り組んでいます。

学習療法の効果 ご利用者の学習面・そして生活面での変化 生活意欲の向上が生活の質の向上に!

 定量的には、FAB・MMSE ともに向上がみられます。学習面では、質問や指示が伝わりやすくなった、筆圧、発語がしっかりしてきた、すうじ盤が速くなったなど、様々な効果が見えてきました。
 生活面では、まず表情が豊かになった、意思や思いの表現が増えた、というように「その人らしさ」が増えてきました。また生活意欲にも向上がみられます。特に我々特養に入所してくる方というのは、今までに様々な治療やリハビリを受けても低下してきて、あきらめ、意欲を失っている方が多いのです。しかし、学習療法を毎日続けることで、今までやれなかったことが再びやれるようになってきて生活の意欲の向上につながってきています。例えばADL の向上では「食事介助が不要になる」という効果がみられますが、食事一つをとっても「頭で食事を認識する」「食事動作として体が動く」、何より「食事を、ご飯を食べたいという意欲」がなくてはいけません。学習療法を通して「頭と体と心」それぞれに充実が生まれた結果、食事が食べられるようになるのです。「生活意欲の向上」が、そのまま「生活の質の向上」に変わっていくのです。

お亡くなりになるまで意欲的に生きる

 生活意欲の向上という視点で一つ事例を紹介します。とても学習療法を楽しまれ、毎日一生懸命学習をされていた89 歳の女性です。もともと心臓の悪い方で、あるとき風邪がもとで体調が悪化し、重篤な状態になり学習も中止していました。毎日学習担当の職員が「体調どうですか」と話をしにいっていました。すると「もうあかんわ。このまま死んでいくだけなんかな」と弱気なことをおっしゃいます。でもその後話を続けていくと、必ず「でもな、わしはくもんだけは好きなんやわ。くもんだけは楽しみなんやわ。だからな、わしがんばって元気になるから、元気になったら、あんたもういっぺんくもんやってくれるか」とおっしゃったのです。この時には、お食事もほとんどとれない状態だったのですが、学習の中でよくお餅の話をされていたのを思い出し、行事で作った桜餅をもっていったところ、すごく喜ばれてその桜餅はぺろっと召し上がられました。一時体調がわずかに改善し、学習を再開。すごく楽しまれて喜ばれ、1時間くらい職員と楽しく話をされ、充実した日々を過ごされました。その後1週間くらいで持病が悪化し、そのままご逝去されました。ごく最近の話ですが、この方は学習療法と出会われたことで、すごく生活の意欲が向上し、最後の1週間充実した日々を過ごされたと感じております。

学習療法の効果 職員の変化 やりがい・気づき・可 能性を見出す介護・笑顔、姿勢の変化

 利用者への効果のみならず、亀寿苑では、職員への効果というのを最も強く感じることができました。

  1. 元気になるご利用者を見て、「喜び」や「やりがい」を感じ、「仕事が楽しく」なりました。
  2. 変化に気付ける。元気になるご利用者をみたいから「見よう、見よう」とします。すると細かい変化も見抜けるような洞察力も養われてきたようです。
  3. 可能性を見出す介護。学習で向き合う中で、細かいレベルでADL を評価でき、「この人こんなことできるんだ」と新しい発見を感じます。「じゃあこの人、あれもできるんじゃないか」と可能性を感じるようになってきて、その可能性を引き出そうとします。すると利用者主体の介護になっていきますので、待つ介護、聞く介護が自然に上手にできるようになってきました。
  4. 笑顔を大切に、ほめ上手。学習のみならず、日常生活全般において、明るく活気づいた雰囲気を作り出すことができるようになってきました。
  5. 「あいさつ」をとても大事にしています。高齢者の方々は明日また元気に会えるという保証はありません。それが、次の日出勤すると、笑顔で元気におはようと迎えてくれる。すごく穏やかな表情で我々のことを信頼して「よう来てくれたな。今日もよろしく頼むわな」とで迎えてくれます。そういう喜びや感謝とか尊敬の気持ちをしっかりこめて挨拶をするようにしています。「今日もよろしくお願いいたします」。この最初の挨拶がしっかりできると、その後の支援の質が変わってきます。鉛筆・教材の渡し方、一つひとつの声かけ、すべてが変わってきます。一生懸命された教材に対して自分の精一杯の丸、100点をつけ、精一杯その100点を褒め称えようとします。そして学習療法の時間が質の高いものになると、その後の生活の質、ケアの質も高いものになっていきます。日常生活全般でも挨拶がしっかりできるようになり、ご利用者への思いの変化も出てきました。

このように職員の変化により、学習をされている方、されていない方の枠組みを超えて、生活全般にけるケアの質が変わってきました。すると学習されていない方の生活にも変化が出てきました。

気付きを活用するために まず気づく、そして生活に生かす、変化を喜び共有する

 この効果をより感じるために大切なのが「気付きを活用する」ということです。まず「気付く」ことが大切ですが、何となく見ているだけでは気付きません。また、スタッフによっても差が出てきます。気付いたら必ず拾い上げて受け止めることを大切にしています。「それが気付きだよ」と評価し、ほめる、そうすることで「私の気づきを評価してくれている人がいる」と喜びを感じ、もっと聞いてほしいと気づきが増え、発信していくようになります。二つ目に、気づきを必ず生活にフィードバックすることが大事です。我々は生活支援で生活を共にしているので、生活の向上こそが職員も利用者ももっとも自然に喜べることです。そして三つ目が「必ず変化を喜ぶ」ということです。マイナスと思われがちな変化も考え方によってプラスになります。変化を喜べるということがとても大事です。変化を喜べるから楽しい、楽しいから発信したい。伝えたいから話すのです。伝えてほしいから聞くのです。知ってほしいから記入するのです。知りたいからその記録を読むのです。このように共有がどんどん広がっていくのです。

施設全体の変化 施設の一体感・職員の育成・ご家族 からの感謝

 施設全体の変化として、多職種間の一体感が出てきました。学習療法には、介護職員はもちろん施設長を筆頭に、事務長から施設ケアマネジャー・・・ありとあらゆる職種の職員が学習療法に携わっています。すべての職員が関わる業務というのはこの学習療法だけです。業務の共有化を通じて気づきの共有ができ、喜びの共有ができ、想いが共有されていきます。こうして施設全体に一体感が出てきました。
 職員育成においても、モチベーションが向上するから離職率が低下し、チーム力がどんどん向上していきます。また、ご家族から感謝の言葉が増えました。特にご利用者がお亡くなりになられた後、ご家族がご挨拶にいらっしゃったときです。学習療法を開始して以降、「うちの父は、母は、最期のこの時期を亀寿苑で過ごすことができて本当に幸せでした」という言葉をいただけるようになってきました。これは学習をしていた人も、していなかった人もです。これは職員がそれだけ成長した証ではないかと感じております。
 資料(本誌では巻末)に家族からの一通の手紙が載せてあります。ある99 歳の女性の方が、100 歳のお誕生日を目前にお亡くなりになられ、そのときにご家族からいただいたお手紙です。このご家族はとても熱心な方で、前にいた老健では「すごいクレーマーで、裁判になる可能性が高い」とまでいわれていた方です。
 最後に、「誰のためにするのか」という目標をしっかり掲げて、常に皆で共有していくことが大切だと思います。学習療法をしていない他の施設から、「排泄や入浴、食事業務が忙しくて、学習をしている暇はないよ」といわれることが多いのですが、私たちとしては、「学習療法というツールを活用した先に日常生活全般の充実が得られるのだ」と考えております。これからも学習療法を最大限活用して、「長く元気に過ごしていただきたい」という目標をより現実的に達成できるよう取り組んでいきたいと思っております。








事例発表1-3

学習療法を個別ケアに活かすための情報共有・チームづくりの道筋


徳島県/有限会社あい愛 デイサービスこもれびの家・撫養看護士 杉田 由美

 「こもれびの家・撫養( むや)」は、利用定員24名の認知症対応型通所介護施設です。学習療法の利用登録数は30名で、ほぼ利用者全員が学習療法に参加。学習療法は、県内で最も早く2006年4月に導入しました。スタッフ16名は全員が学習療法士の認定を受けています。


スタッフのアンケートから日々のケアに対する課題を出し合う

 私たちは、毎日の学習療法が利用者にとって楽しく充実したものになっているか?そして学習療法で得られた気づきが日々のケアに活かされているか?という観点から、これまでのケアを振り返り、今後の課題を明らかにするためのスタッフアンケートを実施しました。
 そのアンケート結果をもとにした研修会を通じて全員で日々の学習療法における課題を出し合いました。その結果をまとめると次のようなポイントでした。

  1. スタッフのよい気づきがあっても、記録が後回しになったりご本人やご家族、スタッフ同士に伝えるのを忘れたりというように、情報共有に漏れが生まれていた。
  2. 利用者の嬉しい変化や気づきの記録が少ないのではないか?
  3. スタッフの勤務形態が様々で、特に非常勤スタッフとの情報共有の場が少ない。

 こもれびの家・撫養の「利用者のもう一つの家になりたい」というモットーに立ち返って、利用者の「生きがいづくり」のために、利用者一人ひとりの嬉しい変化や気づきをチームで即座に( しかも、もれなく) 共有することから改善したい、というのが共通の感想でした。

利用者の「できること」「笑顔」をメッセージカードに託してご家族にその日のうちに伝える

 この研修から生まれたのが、昨年11月から始めた「利用者の嬉しい変化をメッセージカードにする」という方法でした。
 メッセージカードは、小さなメモにカーボン紙をはさんで複写にし、1枚目はご家族との連絡ノートに、2枚目は利用者日報に貼り付けるという簡単な方法です。私たちは、学習療法を通じて利用者の嬉しい変化を発見したり、人生経験をお聞きし、たくさんの感動をいただきます。こうした情報をメッセージカードを通じてご本人やご家族にお伝えしようと意識することで、いままで「できないこと探し」や「注意すること探し」だった見方から「できること・できたこと探し」や「利用者の笑顔探し」へと視野が大きく変わっていきました。
 また、ご家族へもディサービスの様子を( 月にまとめてではなく) その日のうちにお伝えできるようになり、ご家族からはたくさんの感謝の言葉をいただけるようになりました。




メッセージカードを全員参加の朝礼で発表

 複写したメッセージカードが日報に貼り付けられていますから、学習療法だけではなくディサービスでの気づきとあわせてディのリーダーが読み上げてくれます。スタッフは、自分の気づきが発表され活かされていると実感することで、更に良いこと探しの意欲が生まれ、メッセージの数も増えてきました。
 当施設では、ご家庭での様子もお聞きするためにご家族から月1回のアンケートをお願いしています。そのために月1回の「頭の体操出席表」にメッセージを書き添えます。今までは、このメッセージに苦労していました。「出席表」は月末にまとめてお渡しするものですから、記入が負担になり、だんだんと変わりばえのしない内容になりがちでした。
 しかし今は、日々のメッセージカードがあるために、まとめやすくマンネリ的なメッセージから改善することができました。この「頭の体操出席表」は「ご家族アンケート」を添えて、1か月分の教材とともにお持ち帰りいただいています。


<ご家族アンケートから…>
Uさん(85歳) のご家族
   「少しずつ昔の父に返ってもらえるようになれば」
Sさん(94歳) のご家族
   「頭の体操の時間が大変楽しいと言っております」「疲れていても言葉は達者で、よくしゃべってくれます」


 このようなご家族の感想や願いは、スタッフの励みともなりケアの取り組みの活力となっています。

ケアプランの検討と作成

 以前は、毎週金曜日にまとめてケアプランの検討会を行っていましたが、現在は毎日夕方に「一日二人」の予定で月次検討会をかねてケアプランの検討会を実施するように改善しました。
 一人の利用者に対して3か月に1回のサイクルで短期目標の見直しをしています。スタッフ一人が4〜5名の利用者を担当し「個別評価」→「目標設定」→「再評価」のサイクルを実施しています。
 「一人ひとりの利用者の能力を活かす支援ができているか」「残存能力を引き出すために何ができるか」という課題には、スタッフの気づきや意見が頼りとなり、スタッフ間のケアへの意識統一につながっています。

利用者の嬉しい変化= スタッフへの「感謝」と「励まし」が増える?

 「私やが呆けんように付きおうて もらろてありがたい」とか「毎日苦労がある仕事やね。感心しとる」などと、反対に利用者からスタッフに頑張る意欲を与えてくださっています。
 また学習後の利用者同士の会話でも…
 「○○さんは、根っからええ人じゃ」「そういう△△さんこそお人柄が顔に現れとる」と利用者同士が良いこと探しをされている場面を目にします。
 また、利用者の意欲が高まり、ディサービスに「仕事に来ている?!」という空気も生まれています。これも利用者の「できること探し」の成果だと感じています。

利用者からいただいた「がんばるパワー」がケアを変える力

 利用者の満足した表情や笑顔、何よりも喜びの声を聞けることが私の楽しみで、たくさんの幸せを感じます。もともとマイナス思考の私ですが、学習療法を担当することで「良いこと探し」や「ほめること」が習慣となり、子育てにも役立っています。
 そして「利用者に生きている喜びを見つけていただく」ことがチームの役割だと実感できるようになったことがチームとしての大きな収穫です。
 まだまだ多くの課題を抱えていますが、スタッフのチームワークでカバーしながら、利用者からいただいた「がんばるパワー」をチームで共感・分け合っていくことがケアを変えるチカラになると確信します。さあ!ご一緒に学習療法の輪を広げて参りましょう!









事例発表1-4

学習療法6年 地域に広がる軌跡


熊本/ 社会福祉法人福寿会 総合福祉施設ゆうとぴあ 谷脇 京子

 平成16年9月に学習療法を開始し、そこから学んだことが、脳の健康教室へ広がり、私たちが望んでいた「支えあう地域づくり」を実感できたこれまでをお伝えします。


支えあう地域つくりの原点となった学習療法開始からの奮闘

 今から7年前、TV放映「お父さんの出発進行」がきっかけで学習療法を導入しました。当時、特養では「ユニットケアをしよう」「個別ケアが大事」と取り組んでいましたが、どうしても業務を優先してしまい、ご利用者の気持ちをつかめず、個別ケアが見出せずにいました。コミュニケーションをとることが苦手だったのです。学習療法は、認知症の予防・改善だけでなく、その方の人生を豊かにし、そして私たちが苦手なコミュニケーションを克服できます。ご利用者と真から関わることの意味、大切さを知ることができました。

しかし、1年を過ぎた頃でしょうか。色んな問題も抱えるようになってきました

 教室への移動のお手伝いがスムーズに行かなかったり、学習スタッフの不足、何よりも利用者の日課として組み込めておらず、教室が休みになることもしばしばでした。どこが問題なのか?どうしたら解決できるか?を置き去りにして、時間の経過と共に学習療法を導入した意思もだんだん伝わらなくなっていました。こんな状態でいいはずがありません。今、考えてみるとなんと無責任な行動だったと思うのですが、それぞれの生活フロアーで、スタッフが責任を持って取り組むことで解決しようとしていました。生活フロアーでの学習はスタッフの意見を組んで意気揚々と始めました。しかし、結局は逆に学習療法の取り組みが各事業所の内部で済んでしまい、喜びや発見が声としてあがらないばかりか学習スタッフの意欲、技量も低下していきました。

地域コミュニティーへ!脳健教室を開校

 その頃、脳の健康教室を知り、学習療法は胸を張って「うちやってますよ!」と言える状態ではありませんでしたが、「自宅に帰りたい、お墓参りに行きたい、お友達元気かしら?」の声に、地域って何?地域がなぜ必要?と真剣に考えることが増えてきました。互いが支えあって生きていく、みんなの力があって生きていける。脳の健康教室の中にはそのヒントが隠れているような気がして、職員2名が速攻で品川の脳の健康教室を見せてもらって、平成17年11月ゆうとぴあで脳の健康教室を開校しました。脳の健康教室は、私たちが思う以上に参加者を元気づけていたのです。言葉を掛け合い、笑いあい、時々愚痴も言い合い、集まったみんなから勇気付けられる場となっていました。地域コミュニティーと言っても過言ではないと感じています。




一方、学習療法はやはりくだり坂でした

 ある日、学習中だったT様が、「面白くない、もう止める。真剣じゃなかもんな!」と3年8ヶ月続けてこられた学習を自ら止めてしまわれました。施設長は怒りました。中がきちんとできていないのに、脳の健康教室をする意味はない、止めてしまえ!と机をバーン。思い悩んだスタッフはもう一度理念を振り返りました。学習療法から学んだ、「地域」を捉えた福寿会の理念は、平成20年に新しく策定されました。実はこの理念は職員が考え出した理念だったのです。ふれあい咲かせる5つの種。一つ一つ種を蒔こうと、想いがぎっしり詰まった理念。その中に、「支えあう手 地域と共に」があります

忘れてたよ!でもまだやり直せる。やり直そう!

 平成20年9月、みんなが支えあえる場所となるよう「てとてと教室」と名前も変更して再々スタート。学習スタッフは専任を配置し、みんながこの教室で学習できるようにしました。教室からは毎日賑やかな笑い声が聞こえてきます。ケアハウスも特養もデイサービスも混合で教室を利用できるようにしたことで新たな人間関係も生まれています。特にデイサービスの利用者は「楽しそうね、ここに入ってもいいのかな?」とのぞきに来られたり、学習を始められる方もいます。

私たちが望んでいた地域はここから発信できている

 互いが互いのことを心配し、元気をもらい、要介護者も元気な方も、サポーターさんも垣根のないこのてとてと教室から地域へ発信できている。脳の健康教室参加者のアンケートは間違いなく、いつもいい結果が出ています。今回、脳健のサポーターさんからも声をいただきました。脳の健康教室は、地域の認知症の理解や介護予防に役立っていると思いますか? 今後も脳の健康教室は必要と思いますか?の質問です。認知症の理解と言う部分が伝わり、今後もこの活動を自信持ってやれる結果になったと思います。サポーターさんからの声には「いつもありがとう、お世話になりますと感謝の言葉を言ってくださることがありがたい」や、「全部手伝うのではなく、少しの手助けがいいのだとわかった」など、高齢者との関わりから誤解が消え、互いに学びあえる存在であることを実感してもらえたと考えます。
 先日、脳の健康教室サポーターさんの交流会を行いました。趣旨は情報や意見の交換と親睦でした。サポーターさんはそれぞれの不安や取り組みを話しあうことで、サポーターとしての自信と意欲をもたれたようでした。誇りに思って活動して欲しいと思っています。

職員の意識も随分変わりました

 ご利用者と一緒に施設を出たとき、地域の方はあたたかく迎えては下さいましたが、認知症の理解はまだまだでした。職員自身も十分に理解できていなかったこともあります。しかし、私たちが果たしていかなければいけない役割があることがわかっってきました。認知症を知り、予防・改善をはかり、そして高齢や認知症になっても住みよい地域を作っていくことです。職員アンケートの結果からも、その部分は大きく変わってきたと思います。

私たちは、高齢化率29.3パーセントのちょっと素敵な町にいます

 私たちは、社会福祉という役割を学習療法・脳の健康教室を通して達成することができると信じています。高齢者や認知症の方への誤解や、偏見がなくならないと、支えあう地域つくりは困難なことを身にしみて感じてきました。「高齢者に大学受験でもさせるつもり?」「そんな教室、呆けた人が行くところ」なんて言葉はもう聴かなくなりました。











事例発表  学習療法の可能性と拡がり
        〜認知症予防と高次脳機能障害への取り組み

事例発表2-1

プロジェクトゆたかの挑戦 地域の高齢者をチーム力で支える


東京都・品川区「いきいき脳の健康教室」 サポートチーム

 品川区では、2004年度に荏原地区で「いきいき脳の健康教室」をモデル実施し、介護予防の体制の充実を図りながら、現在では区内6会場で教室を開催しています。私たちサポーターは地域のボランティアとして教室での経験は1年半〜6年と様々ですが、息のピッタリあったチームとして地域の高齢者を支える活動を続けています。
 私たちの「ゆたか教室」には、区役所の募集により36人の65歳以上の高齢者が週1回の教室に通ってこられています。36名の高齢者には36通りの人生があり、何年も教室に携わっていると様々なドラマに巡り合うことができます。


学習を継続するにつれて変化したAさん(女性76歳)

 「いきいき脳の健康教室」には、介護給付対象者ではなく「ご自分の足で毎週決まった時間に通うことができる65歳以上の健康な高齢者」という条件のもと、認知症予防を目的に学習に参加していただいていますが、参加者の状態はそれぞれ千差万別です。
 76歳のAさんは、明らかに認知症の初期症状がうかがえる方でした。月日・曜日の時間の見当識も弱く「頭に雲がかかっているよう」という訴えがありました。自分からの発語も少なくコミュニケーションが取りにくい状況でした。
 教室は、5か月間を1期として「修了」の区切りを迎えますが、Aさんのような場合は区役所との相談により2期目以降も継続できるように配慮してくれます。
 Aさんは、教材をS教材(やや課題の量が少なめ)とM教材との間を往復しつつも学習を継続するうちに、次第にサポーターとの会話も弾むようになり、表情も明るく、おしゃれに気をつかうように変化されました。そして2年半・5期目に入り何事にも自信をもって取り組む本来の姿を取り戻されました。

Aさん、変化の理由=サポーター全員による学習者一人一人への共通の理解と全員による支援

 なぜAさんが健康な状態を取り戻すことができたのか、私たちなりに振り返りました。最大の理由は、5期にわたって学習を継続できたという点にありますが、私たちのサポートも少なからず影響することができたものと自負しています。
 私たちは、お一人の学習者の様子や会話を毎回日誌に記録して、学習終了後のチームミーティングで共有しています。このことと同時に、学習継続されるたびに直接のサポート担当が代わるようにしたため、より深く複数のサポーターの目で観察して、複数のサポーターが声をかけることに徹することができたからだと思います。チームとして地域の高齢者を支援するということの実際の意味を、Aさんの支援を通じて一人一人が身をもって学ぶことができました。更に、Aさんの息子さんによるご家庭での温かな支援も理由にあげることができます。

ふたたび教室で学習できる希望を七夕の短冊に託したBさん(男性)

 私たちの教室では季節ごとの行事をとりいれ、学習者と一緒に楽しんでいます。七夕の季節には願い事を短冊に書いて、サポーターが運んできた笹に飾りました。その中に忘れられないBさんの一枚の短冊があります。
 Bさんは右手が不自由でしたが、明るく意欲的な方です。左手を器用に使い学習を続けてこられました。しかしその後ご自宅で転倒し車椅子の生活になったため教室には通えなくなってしまいました。
 それでも教室での楽しかったことを思い続け奥様に宿題をことづけて、ご自宅での学習を継続されました。サポーターがBさんに七夕飾りの短冊を寄せていただくよう手紙に託しましたところ、不自由な左手でつづった一枚の願いごとが届きました。
 それには、「歩いて先生のところへ行って勉強したい」という短い一文がつづられていました。Bさんは、その時にはガンを発症され二度と教室に来ることができないことを覚悟されていたそうです。それでもBさんにとって教室は「生きる希望」だったのです。
 Bさんは、いつまでも心に残る私たちの思い出です。いつまでも忘れずにいたい思い出です。

学習者からのさまざまなお声に答えて

 学習者から寄せられる疑問・質問などの声から多くの学びを得てきました。


【こんな簡単なことでよくなるの?】
 簡単なことだから毎日続けられ、そして毎日続くから変化するのです。私たち学習支援をする側の目で見ると、たくさんの変化の事例に立ち会います。Cさん(女性69歳)の場合もそうでした。当初Cさんは学習の効果に懐疑的でした。しかし、学習を続けられるにしたがって、意欲的に変わってこられました。コンピューターのようなスピードで計算に挑戦したり、読み書き教材の一部を暗記したりと私たちも気づかなかった工夫を加えて学習にチャレンジされているのです。
 修了式当日のすうじ盤(100) の学習で1分50秒の記録を出して、会場から拍手喝さいを得て、満面の笑みで拍手にこたえたのはCさんでした。
 私たちは、学習者からこうした工夫を学び、他の方々にお知らせすることもサポーターのチカラになるのだと思います。


【学習しても変化しない】
 自分の変化は自分がもっとも気付きにくいものです。だから、私たちサポーターの気づきが大切なのだと思います。私たちは、学習者の方に向き合っている時間と同じ重さで、大切にしたいのは学習終了後のミーティングの時間です。担当サポーターだけではなく、6人の目で見守り、感じたことを述べあいます。
 そのことがサポーター同士でも育てあい、互いに成長していくことができているのだと感じています。担当サポーターだけでは気づかなかったことを学習者に伝えていくことが、学習者ご本人の喜びとなり安心感や満足感を実感していただける。それが学習者の自信になり、気力につながっている。「変化しない」というのは、不安を抱いているということと同じ意味と受け止めてもよいのではないでしょうか。


 「脳の健康教室」は、脳の健康を維持するという目的にとどまらず、最後まで地域の一員として、地域社会との結びつきを深めて安心して暮らしていただくことを目指しています。私たちサポーターは、これからも地域のために力を尽くして参りたいと思います。


【学習の記録はサポーター全員の財産】
 学習サポートした気づきは学習と学習の合間に記録して、学習終了時のミーティングで共有。








事例発表2-2

高次脳機能障害への学習療法の実践


東京都/特定非営利活動法人自立支援センターむく 理事長 木村 利信

 「特定非営利活動法人自立支援センターむく」は、江戸川区とその周辺地域に在住の身体障害者・知的障害者・精神障害者・障害児(児童)を対象に障害者自立支援法に基づく様々な支援活動を行っているNPO法人です。
 具体的な支援内容としては、@住まいの紹介・重度身体障害者グループホーム(定員5名)の運営、A入浴・排泄・食事の介護等を行うホームヘルパーの派遣、B創作活動を中心にした日中余暇活動の場の提供、C職業訓練・就労支援の場の提供などを行っています。
 特定非営利活動法人自立支援センターむくが運営している施設は、重度身体障害者グループホームむく、ホームヘルプ・生活介護・創作活動や生産活動の場の提供・社会との交流等を行っている自立支援センターむく・小松川支援センター・地域活動支援センターアンティ、就労支援・職業訓練を行っている東京都立東部療育センター内のとうぶ売店、トニワンショッピングセンター内のPC工房の6つの施設があります。


学習療法を導入した理由

 くもんの学習療法を導入した理由ですが、交通事故や職場での事故等により高次脳機能障害になられた方々がリハビリ病院退院後にリハビリを目的に施設利用されることが年々増えてきていましたが、障害者福祉施設には理学療法士・言語聴覚士・作業療法士がいないため高次脳機能障害の方々にリハビリを行うことができない状況でした。生活支援員ができるリハビリプログラムはないものか、本人もご家族も安心して社会復帰するために必要な認知機能やコミュニケーションや身辺自立機能を上げられるリハビリプログラムはないものかとずっと思い悩んでいたところ、法人内の施設を利用していただいている江東区の高次脳機能障害者の家族の会の方からくもん学習療法の紹介がありました。さっそくくもん学習療法センターの担当の方に来ていただいて、職員も含めてくもん学習療法についての詳しい説明をしていただきました。担当の方からの説明を聞き、くもん学習療法には言語療法と作業療法の2つの要素が備わっており、生活支援員ができるリハビリで、しかも生活支援員の観察力やコミュニケーション力が上がるなど職員のレベルアップにもつながることがわかりました。くもん学習療法は、認知症高齢者の前頭前野機能の維持改善を目的に開発されたものではありますが、前頭前野の活性化は障害者にとってもその人がその人らしく生きていくためには必要であるので、職員に導入を考えたいがどうかと相談したところぜひやってみたいとのことだったので導入することにしました。

学習療法の実施状況

 会場スペースの関係でまず法人内の地域活動支援センターアンティで今年の2月に学習療法を導入しました。学習者は現在6名。20歳代〜50歳代の方で、交通事故や仕事中の転落事故により、低酸素脳症・脳出血・くも膜下出血で高次脳機能障害になられた方々です。性別はたまたま全員の方が男性でした。学習療法を担当している職員は3名(男性1名、女性2名)。リーダークラスの職員にまず担当していただいていますが、今後は研修を受けた他の職員にも少しずつ担当していただく予定でいます。

学習療法の成果(学習者の変化)

 それでは学習療法を行っている学習者の成果について説明します。
 最初の事例(事例1)は、Kさん(22歳、男性)についてです。Kさんは手術時の発作による低酸素脳症で高次脳機能障害になられた方で、現在は車椅子で生活されています。Kさんは、葛飾区役所障害福祉課より紹介されて施設利用を開始されました。ご家族は将来的には就労できることを希望されており、施設としてはパソコンの作業ができるようにすることを目標に支援させていただいています。学習療法を始める前のKさんの状態は、もともと職員や気のあった方々とよく会話される方でしたが、それでも思ったことが言葉に出せずにいらいらする時もありました。学習療法開始時のFABは13点、MMSEは13点でした。学習療法を開始して3ヵ月後、計算教材の学習中は計算式や答えの読み間違いが減り、注意力や集中力が向上しました。読み書き教材の学習中も「読み」「書き」ともスムーズにできるようになりました。また学習療法の時間がKさんにとってはホッとする時間になり、以前より自分のことをいろいろと話をするようになったり、職員に冗談をいったりからかうなどKさんのもともとの明るい性格が現れてきているようです。学習療法開始後のFABは13点、MMSEは18点。FABは数値的には変わりませんが、検査2のところで「か」から始まることばが6語から8語に増えるなど内容的には良くなっています。またMMSEについては見当識のところで大きな改善が見られています。それではKさんの学習療法開始3ヵ月後の現在の様子をビデオに撮ってきましたのでご覧ください。
 次の事例(事例2)は、Tさん(24歳、男性)についてです。Tさんは平成16年に交通事故による頭部外傷後遺症で高次脳機能障害になられた方で、現在は車椅子で生活されています。Tさんは、江戸川区役所障害福祉課より紹介されて施設利用を開始されました。ご家族からはTさんに意欲をもって生活してほしいとの希望があり、施設としては新しいことに自発的に取り組むようになっていただくということを目標に支援させていただいています。学習療法を始める前のTさんの状態は、大変おとなしくて、あまり目立たず、印象に残りづらいタイプの方でした。学習療法開始時のFABは13点、MMSEは18点でした。学習療法を開始して3ヵ月後、学習中はもちろん他の活動においても、以前よりも声が大きくなり、また自発的に声を出して会話をすることが多くなりました。また目線が合うようになり、感情表現も豊かになってきています。学習療法開始後のFABは12点、MMSEは19点。FABは数値的にはわずかに下がっていますが、MMSEについては、検査4の計算のところで以前は全くできなかったのが最初の答えがでるなどの改善がみられました。それではTさんの学習療法開始3ヵ月後の現在の様子をビデオに撮ってきましたのでご覧ください。

学習療法の成果(職員の変化)

 次に学習療法を担当している職員やその他の職員への成果について説明いたします。
 くもん学習療法は学習者に対しての効果があるだけでなく学習療法を担当する職員やその他の職員に対してもとても効果があると思います。具体的に申し上げますと、一つ目は職員の学習者や他の利用者への観察力が上がってきています。今までは気づかなかった利用者の心身の状態をよく把握して対応するようになり、利用者のことをもっと知ろうという姿勢の高まりを感じます。2つ目は利用者とのコミュニケーション力が上がって、利用者との意思疎通がうまくなり、会話を楽しめるようになってきていると思います。学習療法を担当する前は利用者とのコミュニケーションが苦手と感じていた職員も学習療法を担当するようになってからは徐々に苦手意識が少なくなり、学習中だけでなく日常の活動の場面でも自分から利用者に話しかけることが増えてきています。また利用者とのコミュニケーションを苦手と感じていない職員も以前より会話の話題が豊富になってきているように感じます。3つ目はリハビリや就労支援についての職員の理解レベルも上がっていると思います。以前はなぜ障害者福祉施設でリハビリや就労支援をしないといけないのかと考えていた職員も、学習者の変化をみて、リハビリや就労支援の可能性・必要性をより認識するようになってきたように感じます。4つ目は学習療法をまだ担当していない職員も学習療法の成果を通じて職員の対応の仕方で利用者の可能性を引き出せることを認識し、自分たちも何かしないといけないと考えるようになるなど施設全体のスキルアップになっていると思います。

まとめ

 くもん学習療法を導入して次の3つのことを感じています。

  1. 高次脳機能障害者にはリハビリが必要ですが、障害者の通所施設では、リハビリ要員がいない。しかし学習療法なら生活支援員によるリハビリが可能性であるということ。
  2. 高次脳機能障害者が社会復帰するための意欲向上に学習療法は有効であるということ。
  3. 職員の育成にも学習療法は有効であるということ。

今後の課題

 最後に、くもん学習療法を導入してまだ3ヶ月ではありますが、今後の課題として次の2つのことを考えています。1つ目は障害者同士が助け合う場作りを考えています。具体的に申し上げますと、学習されている方の中には身体的な障害が軽度で、人の役に立ちたいと思っている方もいらっしゃいます。そのような方にボランティアで学習支援者になっていただいて、自分よりも障害の重たい方のために役にたっていると思えるような場面が学習場面でつくれたらと考えています。
 また、学習の場での意欲を就労への意欲そして社会復帰への意欲へとつなげられたらと考えています。








※この記事は村田教授のご厚意によりメールマガジン「スマートシニア・ビジネスレビュー」 Vol. 141 より転載させていただきました。

特別寄稿

勇気ある医師たち

東北大学 加齢医学研究所 特任教授 村田裕之

 皆さんは、介護老人保健施設(老健)や特別養護老人ホーム(特養)などの施設に入所する認知症の高齢者の方に、多種多量の薬が投与されていることをご存知でしょうか。
 先日参加した学習療法研究会(会長/ 川島教授)主催の「学習療法シンポジウム2010 in 東京」で、そうした実態についての報告を聞くことができました。報告によれば、特に多いのが抗精神病薬と呼ばれる薬で、認知症の方に現れる「周辺症状(精神症状や行動障害)」を治療するために投与されています。
 ところが、こうした薬を投与すると、その副作用のために「中核症状(記憶障害、見当識障害等)」を悪化させ、認知症がさらに進行するという悪循環に陥ってしまうというのです。高齢者に副作用が出やすい理由は、加齢により肝臓・腎臓の機能が低下し、抗精神病薬に対する解毒能が大きく低下しているからです。このため、毎日内服する抗精神病薬が体内で蓄積作用を起こしてしまうからなのです。
 この抗精神病薬や睡眠薬に加えて、認知症の治療のためにアリセプトという薬が投与されます。これは抗認知症薬として日本で唯一認可されているものです。ところが、この薬には認知症の初期段階に若干進行を遅らせる程度の効果しかないことはよく知られています。にもかかわらず、副作用が強く、結構高価なのです。
 シンポジウムでは、こうした薬の投与をやめ、薬を使わない学習療法に切り替えて、低コストで症状の大きな改善が見られたという医師たちの話を聞きました。医師たちから共通に語られたのは、現状では認知症の方にアリセプトを処方することが治療になっている。また、それが医師の役割だと、多くの医師自身が思いこんでしまっている。果たしてこれでいいのか、という問題提示でした。
 この疑問は実は医師にとって悩ましい面があります。なぜなら、医療機関が収入を上げるには、診療報酬の点数を上げなければならず、そのためには薬を処方しなければならないからです。だから、医師が薬を処方しないというのは、「自己否定」とも言える行為になるのです。
 なぜ、前掲の医師たちは「自己否定」ができたのでしょうか。そのきっかけは、「医療機関の医師」から「老健の経営者」に立場が変わったことで、二つの変化が起こったことにあると私は思います。一つは、収入の構造が変わったこと。医療機関では診療報酬が主な収入源なのに対して、老健では介護報酬が主な収入源です。入居者への薬の投与が収入増に結びつかないため、薬を投与するというインセンティブが働きません。しかし、もっと大きな変化は医師の視点が変わったことです。
 「医療機関の医師」の立場では、薬を処方するのが医師の主な役割でした。ところが、「老健の経営者」の立場では、入居者の健康状態をいかにして改善するか、介護スタッフの負担をいかに少なくするか、現場のやる気をいかに高めるか、といったことが主な役割になるのです。「自分も診療医だった時は、薬を処方するのが自分の役割だと思っていました。でも、老健に来て、魂が入れ替わりました」 発表した医師たちによるこうした話を聞いて、私は黒沢明監督の映画「野良犬」で主人公の刑事役である三船敏郎が最後のシーンで語った次の言葉を思い出しました。「人間が環境を変えるのか、環境が人間を変えるのか」
 自分の所属する業界では常識だと思っていることが、他の人から見ると非常識であることは往々にしてあります。政治家におけるカネの授受、ハンコと書類ばかり書かせるお役所など枚挙に暇がありません。イノベーションとは、勇気を持ってそれまでの常識を疑うこと、それまでと異なる立場で対象を眺めることから生まれるものだということを再認識しました。